実質賃金の長期停滞

深尾京司は次のように指摘した。

RIETI - 労働生産性と実質賃金の長期停滞:JIPデータベース2021および事業所・企業データによる分析

実質賃金の上昇は、労働生産性上昇率×労働分配率上昇率、である。

2010~18年の日本の労働生産性上昇率は5.2%であり、その大半はTFP上昇による。

しかし、労働の質上昇、資本装備率上昇の効果はそれぞれ0.1%、0.2%にとどまる。

労働分配率は1980年代にマイナス9.2%と顕著に下落したが、1990年代以降は概ね安定しており、欧米のような労働分配率急落は起きていない。ただし2000年以降、製造業で労働分配率の大きな低下が起きている。つまり他の産業では労働分配率が上がっている。

製造業における労働分配率低下は、ピケティが指摘するような資本/労働比率の上昇によって起こったわけではない。

2012年末に始まったアベノミクスは、資本の超過利潤の指標であるマークアップ率を大幅に引き上げ(1.1%→5.3%)、もっぱら株主と経営者を潤した。

厳密には、

実質賃金率=労働分配率×労働生産性

×GDPデフレーター/CPI(←交易条件の影響等)

×要素費用表示の名目GDP/市場価格表示の名目GDP(←消費税等の影響)

なので、最近の交易条件の悪化や消費増税も、実質賃金を引き下げている。

超過利潤が増えているので、投資低迷がなぜ起こったかを説明できない。この間、賃金/資本コスト比率は上昇して資本が相対的に割安となっているので、「安価な労働が資本から労働への代替を招いた」という説明も妥当しない。

長期雇用の下で正規労働者への将来の賃金支払いが膨大な長期債務と同等の効果(debt hungover)をもたらして投資を抑制している可能性は考えられるが、具体的な証拠はない。