取れるところから取るビジネス

実はこの戦略、消費者金融に限定せずいろいろな業界で見られる戦略です。

例えばNHK。

かつてNHKの不祥事が続き、加えて受信料の未納問題が大きく報じられていたころ、「受信料が高すぎるので払わない人がいる。この際、受信料を思い切って下げて支払う人を増やしてはどうか」という提案が検討されました。

しかし、最終的にこの案は採用されず、現状通り、払ってくれない人には繰り返し催促し、悪質な場合は裁判に訴える、ということになりました。

私が思うに、NHKは、値下げしても払う人は増えず、収入が減るだけ、とわかっていたと思います。

要するに、払ってくれる人に払わない人の肩代わりをしてもらい、払わないのは法律違反だが悪質でない限り黙認する、というのが賢いビジネスなのです。

当時、NHKが払っていない人を制裁するのは難しかったけれど、今は、(一部の人に評判の悪い)B-CASカードのおかげで、NHKは払わない人を特定して、原理的には制裁することも可能なはずです。

というのも、今はデジタルテレビを買ってきて、NHKに連絡せず見ていると、やがて「この表示を消去するためには0120-○○○○○○まで御連絡下さい」というメッセージが現れます。電話してBーCASカード番号を言って初めてメッセージを消してくれる。同時に、視聴されているテレビと顧客情報が照らしあわされる。これでNHKは、今後、この顧客が受信料を払わなかったら、番組に嫌がらせメッセージを送って、支払いを促すことができる。

では、NHKが完全に有料放送に移行できるかというと、そうはいかない事情がある。

数年前の、小泉政権のころの議論では、デジタル放送になったらNHKは、払わない視聴者のテレビには妨害信号を送って見られないようにするべきである、という議論がありました。しかし、これこそNHKがもっとも回避したいと考えている事態でしょう。

お笑いタレントに無駄話をさせて電波を無駄遣いしている民放とは比べ物にならない、NHKの充実した取材力、番組作成能力は、国民に広く薄く負担してもらっていることによって初めて実現しているのです。払わない人には見せない、なんてことを始めたら、結果的に支払わず、見ない、という人が増え、「皆様のNHK」というタテマエが崩壊します。現在のCSみたいにNHKが完全な有料放送に移行したら、受信契約は激減し、番組の質は見る影もないところまで落ちるでしょう。

小泉改革のころは、NHKなんていらん、という勢力が政策を牛耳っており、アメリカみたいに視聴者から小銭を集めて細々と経営するPBS(Public Broadcasting Station)にしてしまえばよい、ということだったのだろうと思います。

まとめると、現状のように「皆様のNHK」というイメージを漠然と維持し、払わない人については曖昧にしておくというのが、もっとも賢い戦略なのです。どうです?消費者金融と同じではないですか。

似たような例として、国民年金もそうです。あれも事実上、払わない人はもらえなくなるから払わなくてもいい、という方針を保っており、厚生労働省には問題を根本的に解決しようという姿勢は見られない。

実際は、国民年金は入った方が得なのです。だって、現状でも2分の1の国庫負担がありますから(今年度は震災復興で3分の1に切り下げられるみたい)。しかし、こういう損得の情報を浸透させるのは難しい。実際、メディアには「年金が破綻する」という情報があふれています。

これらの例に共通するのは顧客、利用者の管理コストです。NHKの受信料や、国民年金保険料、消費者金融の返済を、一人一人の顧客についてきちんと管理するのは、とてもコストがかかる。だから、管理は曖昧にして、価格を引き上げて払える人に払ってもらう、というビジネス戦略になるのです。