政策なんてどうでもいい

私は、城繁幸よりもオバタセキの分析の方が正しいと思うな。

浮動層は特定の政策なんて支持していませんよ。「改革」なんてのを支持していたら、明日投開票される衆院選が、現在、マスコミ世論調査が予想している結果になるわけないもの。

自分たちの一票で政権交代させる、という快感がたまらないわけ。

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http://blogos.com/article/52311/?axis=g:0

<もともと自民の集票基盤だった農村部の一次産業や土木建設業は長期的に衰退の一途をたどっており、ほっておいたら自民党はもっと早くに自滅していただろう。

それを回避するには、彼らが従来苦手としていた都市部の無党派層の支持を集める以外に道は無い。そしてそれをやってのけたのが小泉政権だったのだ。

小泉改革自民党伝統の支持基盤を破壊した」のではなく「小泉政権は弱体化した支持基盤にかわって、都市部無党派層という新たな支持基盤を作り上げた」といえる。

その支持基盤を動かすエネルギーはバラマキでもイデオロギーでもなく、ただ“改革”への強固な意志のみだ。>

http://blogos.com/article/52294/?axis=g:0

<ここに浮動層は、メディアにも、保守的な政治家層にも認知されることになる。小泉などの感覚が鋭いか、観察に熱心な政治家たちはいち早くこの浮動層の確立に気づいていたが、経世会の人々などは、いまだにコアな支持層の固い票で勝負になるという感覚が捨てされずにいた。それが民主党の躍進にうまく対応できなかった理由である。一方、新生党のときに失敗している小沢はこれに当然気づいていた。しかし、彼は、野心的にも、浮動層も固定層も両取りしようとしたのである。浮動層は、選挙結果を決定付ける快感だけで動いているから、政権交代が実現した後は、新たな動きを決定付けるためにうずうずしていただけだったから、次の選挙は浮動層では勝てないことを彼はよく理解していたからであった。

しかし、民主党のいわゆる若手、政策通と辞任する人々は、これを理解せず、小沢を徹底的に批判した。浮動層を新しいスタイルの自分たちのコアな支援者だと誤解し、マニフェスト固執し、また浮動層のすべての支持を得続けようとしたために、すべての論点においてポピュリズム的な主張を取らざるを得なくなり、それらは両立せず、すぐに破綻することとなった。

彼らは、自分たちのコアな層は浮動層にあると誤解したのが致命的であった。彼らは浮動層であるから、原理的にコアな支持層にはなり得ないのである。小泉の熱狂的な支持から、小泉批判をして政権交代を目指した民主党に移ってきたのは、政治をエンターテイメントと捉え、選挙により、自分たちで結果を動かしたい、という欲望にだけ基づいていることに気づかなかった、そして今も気づいていないかもしれない。政策に固執するのはその現われである。決める政治が求められていると言うことは、政策自体は何でもいいのである。>