財政再建のコスト

本日の日経「経済教室」、小林慶一郎さんの記事。

元ネタはこのコンファレンスでしょうね。小林さんが幹事としてキャノンのコンファレンスを企画している、といううわさは聞いていましたけれど。

http://www.canon-igs.org/event/report/20111021_987.html

注目は最後のHansen-Imrohorogluの論文で、消費税で財政再建しようとしたら税率35%(!)が必要、というのは確かに衝撃的です。

http://mfi.uchicago.edu/events/20111118_fiscal/papers/JapanDebtPaperVersion_6.pdf

日本以外ではあまり発表しないせいでしょうか、肝心の論文がネットで出てこないので、どういう想定をしているかわかりませんが、人口成長率、生産性成長率、インフレ率、いずれもかなり悲観的なものを想定しているんだろうと思います。

この「消費の恒常的な1.5%低下」というのは、どう解釈したらよいのでしょうか。

おそらく、この恒常的低下というのはすでに起こっているのだろうと思います。

こういう均衡モデルでは破綻はありませんから、借金をすれば必ず請求書が将来に回され、借金を完済すべく将来の増税がセットされるはずです。つまり、増税しないで先送りしてこの恒常的低下を免れることができるわけではありません。

つまり、借金を完済する(=破綻しない)目的で消費税を増税すればそのコストは消費1.5%ということであり、他の手段で同じ目的を達成しようとすればそのコストはもっと大きくなります。それが「所得税より消費税の方が望ましい」という意味でしょう。

モデルでは、どういう返済手段を取るかあらかじめ想定して計算しますから、コストは1.5%ときっちり出てきますけれど、現実経済ではまだ返済手段が決まっていませんから、合理的経済人たる家計は、漠然と消費で見て1.5%、つまりGDP換算では1%ぐらい以上の低下を想定して、経済行動しているということになりますね。

そう考えると、消費税のコスト、というより累積債務返済のコストはそれほど大きくないかもしれません。だって、税率35%でも失われるのはGDPのたった1%ですよ。

しかも、そのコストはすでに発生していると考えるのが新古典派成長モデルです。実際に増税すれば、一時的な駆け込み需要と、その反動の落ち込みがあり、均せばトレンドは変わらないと考えるべきでしょう。

昨日のたかじんの番組では、宮崎哲哉、三宅久之をはじめみんな増税反対・リフレ大合唱で「やっぱ右翼って頭わりーな」と思ってしまいましたけれど、「増税すると成長率が下がる」なんてのは、厳密な新古典派モデルでは起こらないのですよ。成長率低下は、借金して政府支出をした時点ですでに起こっているはずなのです。

さて、この小林さんの記事、後半では、国民が税負担を拒否して政府がデフォルトしたらどうなるかを扱っています。

直接の効果としては、一時的に大インフレが起こり、名目金額が決まっている政府債務は紙くずになって、負担が一般国民から国債保有者へ移転するだけです。

代表的個人を想定する新古典派モデルでは、納税者である一般国民と国債保有者は同じですから、国債という富が失われるけれど、税の実質的負担も軽減されるということになり、大した問題にはならない。この状況は、発行済み国債をほとんど国民が保有している我が国に対応している。

しかし、インフレにはそれ以上のコストがあります。いわゆるインフレ課税というやつで、購買力の低下を避けるため、できるだけ早くお金を使って、必要以上に早く消費しようという傾向が生まれます。資本がある経済では、資本蓄積が阻害され、成長率が低下する。「インフレ期待が発生すると実質金利が低下して投資が増える」というよく聞くメカニズムは、「トービン効果」と呼ばれますが、これが働くモデルを作ることはとても難しく、あまり広く経済学者には受け入れられてません。

てなわけで、国民が税負担を拒否すれば、その分インフレ課税が発生し、どっちにしても国民は負担するのですよ。

問題は、税負担とインフレ負担、どちらが大きいかです。

小林さんは「財政破綻のコストが増税のコストより小さいと、財政再建をしないで破綻に至る方がよいという結論になってしまう」と言っていますけれど、もしそうなら、賢そうな東大教授も日銀審議委員も、ネット/テレビのリフレ派よりアホ、ということになってしまいます。

しかし、幸い、その可能性は小さいです。

おそらく、増税せずすべてインフレで負担する場合の消費ないしGDPの低下は、インフレなしですべて税で負担する場合より、大きいと思われます。

興味深いのは、この両極端の中間の状態、すなわし税とインフレを組み合わせて負担する場合のコストが、両極端より小さいかどうかでしょう。もしそうなら、「適度の増税と適度のインフレ(名目成長)の組み合わせで財政再建する」という面白くもおかしくない政策が、やっぱり正しいということになります。

(追記9日3:25)

「消費の恒常的な1.5%低下」ですが、どこから1.5%低下なのか、わかりませんね。

おそらく、現在は、債務が発散する経路に乗っています。オイラー方程式は満たされているけれど、NPG条件は満たされていない。

普通は、NPG条件を満たしていない経路は均衡でないとして排除するのですが、どう考えたって、今の日本経済の状態は均衡経路ではないでしょう。

だからとりあえず発散する経路も許容して、その経路上の当面の消費水準を考え、同時に、増税によってこの経路を外れてNPG条件を満たす均衡経路に戻った場合の消費水準を計算して、その差を取ると1.5%になるんではないでしょうか。

つまり、これから増税が行われた場合に、今の消費水準より平均1.5%低下する、という話だと思います。すでに1.5%低下しているわけではない。訂正します。

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http://www.nikkei.com/paper/article/g=96959996889DE1E4E0E4E5E1EBE2E2E7E3E3E0E2E3E39997EAE2E2E2;b=20111107

<前者の財政再建に伴う経済厚生上のコストについては、最近、研究が進んでいる。増税や歳出削減が起きれば、民間の消費や投資が抑制されるだろう。こうした民間部門の反応を考慮しつつ経済厚生上のコストを考察するのに有用なのが、DSGEとよばれる新古典派一般均衡モデル(キーワード参照)による分析だ。米カリフォルニア大学ロサンゼルス校のゲイリー・ハンセン教授と南カリフォルニア大学のセラハティン・イムロホログル教授は、このモデルを使って日本経済を記述し、財政再建に伴う経済厚生コストをシミュレーション分析した(論文は未定稿)。

 それによると、消費税増税で財政の持続可能性(キーワード)を回復するには、現在5%の消費税率を35%にする必要がある。その経済厚生上のコストは国民の消費が恒久的に1.5%減るのと同じだという。また所得増税より消費増税財政再建する方が望ましいことも示された。(中略)

先月ノーベル経済学賞を受賞した米ニューヨーク大学トーマス・サージェント教授と米ペンシルベニア州立大学のニール・ウォレス教授は、政府が放漫財政を続け中央銀行が大量の国債買い入れに追い込まれれば、大幅なインフレーションが起きると1981年の論文で理論的に示した。中央銀行による国債買い入れの結果、貨幣発行量が増え、物価が上昇するわけだ。

 米シカゴ大学のジョン・コクラン教授も10年の論文で、財政赤字拡大が続けば大幅なインフレが起きるとして、リーマン・ショック後の米国の財政拡張政策を批判する。2つの論文は理論的な枠組みは異なるが、財政破綻が大幅なインフレをもたらすとする点では一致している。

 インフレによって家計の金融資産の価値は目減りし、政府の債務の実質負担が減る。結果的に、消費税の大幅増税と同じような家計から政府への所得移転が起きる。この観点で財政破綻財政再建と同じで、財政再建を先送りしても政府に所得が移転するのは変わらない。ただこれは、国債や金融資産を保有する家計からそれ以外の家計への所得移転と同等なので、それだけでは経済に悪影響があるとはいえない。

 ここで考えなければいけないのは、大幅なインフレで経済活動がゆがめられることだ。つまり財政破綻によって起きるインフレが経済厚生に及ぼす悪影響を測ることが重要なのである。しかし、高インフレのコストの定量的評価については、研究者の間にコンセンサスは見当たらない。先進国については、低インフレが前提になっており、財政破綻による大幅なインフレは想定されていないからだ。(中略)

いずれにせよ、財政破綻でどの程度の経済コストがあるのか明らかにしないと、財政破綻回避に向け増税を行うべきだと、説得力を持って主張できなくなる。仮に財政破綻のコストが増税のコストより小さいと、財政再建をしないで破綻に至る方がよいという結論になってしまう。>