世代間格差?

この方、一流の若手研究者ということを最近知ったのですが、なかなか鋭い。

私も、年金の世代間格差をことさら論うのには違和感を感じております。もちろん、私は団塊世代よりは「ふた昔」ぐらい若いですよ。

国民経済を家計に例えると、子供をたくさん作った祖父母(第1世代)は、その分、将来に備えて貯蓄してきたようなものなのに、孫(第3世代)をろくに作らない父母(第2世代)が、年寄りの面倒を嫌だと言っているのが、世代間格差論ではないでしょうか。第2世代は、第3世代と同様に子作りに励めば、同じ待遇を受けられるはずです。

もちろん、第1世代が戦略的に第2世代を産んだところで、第2世代が期待を裏切る自由はもちろんありますよ。自分は第3世代の世話にはならないと宣言して子供を作らないのも自由です。しかし、それもまたエゴであって、子に親の面倒を見させようという第1世代のエゴに比べて無条件に正しい、というわけでもない。

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http://unrepresentativeagent.blogspot.com/2011/12/rant-on-inter-generational-inequality.html

<では、年金制度とはどういうものかを考えてみよう。年金制度というのは、ある意味、子供が親を経済的に支援するということを国が肩代わりしているというようなものである。子供が親に直接お金をあげる代わりに、政府が子供から税金を取って、親に与えているのである。じゃ、政府がやらなくてもいいじゃんということもできるが、子供が多かったり、子供ができなかったりする人がいると不公平になるし、子供が高収入になるか低収入になるかによっても不公平が生じるので、国が平準化(smoothing)してあげているのである。このことの自然な帰結として、この制度は子供がどんどん生まれてくれないと困るということができる。

では、団塊の世代と今の若い世代を比べると、よく言われているとおり、子供の数は今のほうが圧倒的に少ない。これはどこの先進国にも多かれ少なかれ当てはまる。つまり、団塊の世代はちゃんと年金制度を維持するために子供を作ったけれども、それより若い世代は年金制度を維持するために必要な行動をしていないのである。こういう状況で、団塊の世代が年金制度の恩恵をより多く受けることが「不公平」であろうか?子供を作るというのはある意味将来への貯蓄の代わりをしているともいえるので、貯蓄をしないで人の貯蓄に頼っているようなものである。

別の言い方をしてみよう。もし、子供を育てることにより、自分の自由に使える時間が少なくなり、幸福度(utility)が下がるとしてみよう(もちろん子供が幸福度を高めるという仮定も十分真実味がある)。子供の世話に忙しいとハワイに行ったりできないのである。あるいは、自分のために使える時間が多いから、より長く働くこともできるので、収入も多くなり、幸福度も増す。子供を学校や塾に通わせるのに必要なお金を払うと、プラダのバッグとかが買えないのである。こういう要素まで加味するとしたら、年金制度を維持するのに必要な数の子供を育てることによって幸福度を犠牲にした団塊の世代の人たちに、より年金を振り向けることこそ、公平なのではないだろうか。つまり、古いケインズ経済学からそうなのだが、お金(年金の金額)だけ見て公平、不公平、を語るのは、おおむね正しいこともあるが、しばしば浅い議論なのだ。>