国債残高と経済成長

Reinhart-Rogoff (2010, AER Papers and Proceedings)に重大な計算間違いがあった、というのが話題になっています。

この論文および彼らの単行本をネタに、財政再建を訴えていた日本人学者にとっては、かなりばつの悪い話ではあります。

林慶一郎さんはそういう一人だろうと思いますけれど、彼が書いた我が国の財政の持続可能性に関するサーベイ論文は、とても面白い。

すでに紹介した、Imrohoroglu-Hansenなどについて詳しい解説があり、とても有益ですが、新たに気が付いたのは、次の3点です。いろいろな研究が混ざっているので注意してください。

第1に、インフレ率が1%から2%に引き上げられれば、必要な増税幅が7.5%(= 33% ー 25.5%)ほど圧縮できる。

やはりインフレというのは財政再建のためにもある程度必要なようです。

第2に、財政赤字の持続可能性には、医療費の抑制がかなりカギであるらしいこと。

すなわち、何にもやらなければ30%以上の消費税率が必要になるが、高齢者の窓口負担を1割から3割に引き上げるだけで、消費税率は21%で済む。

第3に、Reinhart-Rogoff論文が主張する「国債残高が経済成長を抑制する」状態を、新古典派成長モデルで作り出すことは意外と難しいらしいこと。

つまり、国債発行すると、将来の増税に備えて貯蓄を増やすだけでなく、増税がdistortionaryな課税によって行われる分、将来の所得が減るから、それに備えてさらに貯蓄しなければならない。新古典派モデルでは貯蓄=投資だから、その結果、成長率がかえって上がる可能性があるというわけです。

最後の段の、長期的な効果があるかどうかですが、単純に、債務残高が大きい経済と小さい経済を比べればいいのではないですか。債務残高が大きいほど必要な増税幅が大きく、distortionaryな増税の程度が大きくなる。したがって、それだけ貯蓄の増加も大きくなり、結果として、国債残高が低成長をもたらすかどうかはよくわからん、ということになりそうです。

************************************************

http://www.rieti.go.jp/jp/publications/pdp/13p004.pdf

<ベースラインでは、インフレ率は外生的に1%とおかれていたが、マイルドなインフレ
が生じれば、財政支出を実質的に抑えることができる(年金支出のマクロ経済スライド
ど)。したがって、2%のインフレが実現できれば、必要な増税幅を圧縮することができる。
シミュレーションでは、2%インフレが実現できたと単純に仮定して計算を行うと、財政
の持続性を回復するために必要な消費税率は、25.5%となった(増税時期は2017
年を想定。2012年に消費税率が10%に引き上げることを前提とする)。したがって、
2%のマイルドなインフレが実現できれば、増税幅を7.5%(= 33% ー 25.
5%)ほど圧縮できることが分かる。>

<今後の数十年は、高齢者医療費が公的年金よりも財政を圧迫する。高齢者の医療費窓口
負担は現在1割に据え置かれているが、これを機械的に3割に上げたとすると、財政支出
が大幅に減少することになる。日本の医療費の半分程度を65歳以上の高齢者が支出して
いることから当然の結果とも言えるが、高齢者の窓口負担を3割に変えると、2017年
に財政の持続可能性を回復させる増税を行う場合、消費税率は21%にするだけで良いの
である。

この計算は、窓口負担の増大に反応して高齢者の受診が減る可能性は考慮してい
ない。現時点において、本来は必要性が乏しいのに病院を受診している高齢者もある程度
は存在すると思われるので、窓口負担が1割から3割に上がれば、受診の必要性の乏しい
高齢者については、医療受診が減ると見込まれる。その場合、財政の負担はさらに小さく
できるので、必要な消費税の税率も21%を下回ると期待できる。>

<非ケインズ効果が発生するメカニズムについては、
Perotti (1999) が比較的直感的にわかりやすい理論を提唱している: 財政が健全な国では
財政拡張が消費を縮小させる効果は発生しないが、財政が悪化した国では、財政拡張は将
来の増税を予想させる。将来の増税が、経済にゆがみをもたらす税(distortionary tax)で
あることを仮定すると、増税によって将来の生産が減るため、国民は将来時点において(税
として取られる以上に)貧しくなると予想する。将来貧しくなることに備えるため、国民
は現時点で貯蓄を増やす。その結果、現時点での消費が減る。この論理によると、財政拡
張によって(将来の増税不安が高まるため)現時点の貯蓄が増え、消費が減る、という非
ケインズ効果が発生することになる。(中略)

しかし、非ケインズ効果は消費需要が減ることを主張するものであり、経済成長の低下
を必ずしももたらすものではない。(非ケインズ効果は貯蓄の増加を予想するため、むしろ、
資本蓄積の増加と成長率の上昇をもたらすかもしれない。)

また、非ケインズ効果は短期的な需要の縮小をもたらすことが想定されており、Reinhart
たちの実証結果が示すような10年に及ぶ長期の成長低下をもたらすとは考えられていな
い。これらの点は実証結果の説明理論としてはやや不満足な点である。>