取材対象者の期待権

これって、ねじれがありますよね。

「旧日本軍の従軍慰安婦を取り上げたNHK特集番組(01年1月放送)」
というのは、より過激な糾弾的内容を期待した、
(左翼的な)取材対象者の意図に反してNHKが骨抜きの編集をした、
と裁判所が認定したらしい。

この論理を貫けば、この映画の件では、
当然、(右翼である?)靖国神社の希望に則った映画内容にしなければならないことになる。

つまり内容が取材対象者が右翼であろうと左翼であろうと、
公開差し止めというような処分は、あまりよろしくない気がします。
取材対象者は、事前に公開を差し止めることはできず、
事後的に損害賠償を請求できるだけとするのが、
一つの考え方でしょう。

しかしながら、この件は、かなり広がりがあって、
例えば名誉毀損のおそれある記事が掲載されている週刊誌を発売前に差し止めることができるか、
という問題につながってきます。

内容によっては、刊行されると回復不可能な損害を被る可能性があるような場合には、
事前差し止めが許されるというのが妥当でしょう。

では、この映画で、靖国神社や刀匠が回復不可能な損害を被るとまで言えるかどうかとなると、
大いに疑問でしょう。

とすればやはり、公開の事前差し止めを、取材対象者の期待権を理由に言うことは、
難しいのではないでしょうか。

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http://mainichi.jp/enta/cinema/news/20080505ddm012040019000c.html

靖国神社を舞台にした映画「靖国 YASUKUNI」(李纓監督)について、神社側が「誤解させる内容がある」などとして一部映像の削除を要求している。一連の事態は、ドキュメンタリー作りの難しさを浮き彫りにした。【臺宏士】

 靖国神社が製作会社「龍影」(東京都渋谷区)に削除を求める通知書を出したのは4月11日付。

 関係者によると、神社は過去10年間に撮影許可申請を3回受けたが、「靖国」製作のための申請は受理していないという。作品では日本刀を「ご神体」と紹介しているが、「ご神体は日本刀ではない」と否定。映画に登場する神社職員を了解なしに撮影したことなども問題視し、「事実を誤認させるような映像が含まれている」として削除などを求めた。

 これに対して、龍影は4月25日、「靖国神社のご神体は何か」などについて回答を求める質問書を送付。靖国神社は1日付の通知書で、ご神体を「神剣及び神鏡」と回答し、社務所遊就館の内部の映像削除を新たに求めた。

 一方、毎日新聞など各社は4月、出演した刀匠の刈谷直治(なおじ)さん=高知市=と妻貞猪(さだい)さんが「政治的な内容でダメだ。出演場面をカットしてほしい」という意向を持っていることを報じた。3月27日の参院内閣委員会で、有村治子参院議員(自民)は「刈谷さんは承諾していない。本人に確認した」と指摘。出演についての了承の有無に関心が集まった。

 李監督は4月10日の会見で、「2月に入り、この映画は反日映画だという言葉が奥さんの口から出てきた。関係者や神社の意向などを考え、動揺し不安がっていた。具体的に作品について話した上で、奥さんから『これからも上映してください。頑張ってください』と言われた」と反論。龍影も「刈谷さんからは削除してほしいという要請はない」と静観の構えだ。

この問題は4月14日に東京都内であった「靖国」について考えるシンポジウムでも取り上げられた。講演した映画監督の森達也さんは「刈谷さんが納得できなかったら上映できないのか。そうなると、映画をつぶすのは簡単だ。ドキュメンタリー映画は現実を切り取る。街や雑踏も映る。映った人が削除してほしいと言いだしたら、映像は撮れない。映像メディア全般の問題だ」と訴えた。

 取材協力者の期待に反したドキュメンタリー番組を巡る裁判が最高裁第1小法廷で争われている。

 旧日本軍の従軍慰安婦を取り上げたNHK特集番組(01年1月放送)に取材協力した市民団体「『戦争と女性への暴力』日本ネットワーク」が「政治的圧力で事前説明と異なる内容で放映された」としてNHKに損害賠償を求めた訴訟。東京高裁は07年1月、「ドキュメンタリー番組では特段の事情がある場合、編集権より取材対象者の番組への期待と信頼が法的に保護される」と判断し、NHKが敗訴した。

 NHKは4月24日の上告審弁論で「取材対象者の意向に沿った番組を放送するか、放送(制作)しないかという選択を強制するものだ」と反論した。