Unpleasant Monetarist Arithmetic(もうちょっと説明)

unpleasant monetarist arithmeticの論文についてちょっと触れましたけれど、著者の一人(Sargent本人)によるわかりやすい説明があるので御紹介。

Ljungqvist and Sargent (2012) Recursive Macroeconomic Theory, 3rd edition.

(この電話帳のような教科書、新版が出るたびに買うのだけれど、ほとんど読めません。)

この本の第26章の、最初の20ページぐらいを読んでください。多少、モデルを解いた経験がないと読みづらいかもしれませんが、それでも、これ以上は考えられないぐらいわかりやすい説明です。結論は、1053ページの図に示されています。

(読まなくてよい。私がこれから説明するから)

一言でいうと、中央銀行国債を売って貨幣供給を減らす公開市場操作を行っても、政府の財政政策が変わらなければ、かえってインフレになってしまう、という話です。

普通は、こういう市場介入を行えばインフレが抑制されると考えられるのに、緻密に分析するとその反対になることがわかって不愉快(unpleasant)、というわけです。

モデルは、2本の数式が2つの変数(定常均衡経路のインフレ率と初期の物価水準)を決める、というシンプルなものです。

そのうち、インフレ率を決める式を先に解いて、その結果を利用してもう一つの式を解くという構造になっているので、実質、1本の式でインフレ率が決まる、という至って簡単な話です。

その式は、こうです。すべて定常状態の値です。

政府支出+国債費=税収+貨幣発行益(インフレ率)

ここで括弧の中にインフレ率が入っているのは、貨幣発行益がインフレ率の増加関数であることを表しています。この式の左辺は政府の歳出で、右辺は政府の歳入ですから、当たり前の式(恒等式)に見えますが、貨幣発行益が人々の貨幣需要に依存し、貨幣需要がインフレ率に依存するので、最終的にインフレ率を決める式になります。

さて、ここで重要なのは、政府でも中央銀行でも、どちらでもいいんですけど、コントロールできるのは国債残高か貨幣残高のどちらか一方だということです。国債残高を政策変数とすれば、政府の予算制約式を満たすように自動的に貨幣残高が決まります。逆に、貨幣残高を動かしてもいいのですけれど、いずれにしても、政府+中央銀行の予算制約式を満たすように、一方が他方を決めるという関係になります。

さて、ここで中央銀行が、インフレを抑止しようとして貨幣を買い国債を売ればどうなるでしょうか。これは、この式では国債費を増やす政策です。ただちに左辺が増えます。もちろん、同時に右辺も増えます。ここで税収は政策変数であり変更はないと仮定しているので、貨幣発行益が増えなければなりません。その結果、なんと、インフレ率が上昇してしまいます。

インフレ率が決まると、もう一つの式によって、初期の物価水準が決まります。この場合、結論的には物価水準はあまり変わりません。上げる力と下げる力が同時に働くからです。

わかりにくい議論と思われるかもしれませんが、これは、経済学では、物価はforward-looking variable、すなわち、将来起こることの期待に依存して瞬時に変化する変数と考えられるからです。将来、インフレ率が高まるという予想は、現在の物価について、あくまでもこの場合は中立である、と考えてください。

いずれにしても、ここでは、中央銀行がインフレ抑止を意図して貨幣残高の縮小を行ったのに、長期的なインフレ率の上昇が、必ず起こります。だから、不愉快(unpleasant)というわけです。

逆に言えば、インフレを起こしたい場合に、通常考えられるように、国債の買いオペ(貨幣供給増)
をやるより、むしろ反対に売りオペ(貨幣供給減)をやった方が効果的、というわけです。

もっと言えば、今、日本がデフレに陥っているのは、日銀が国債を大量に買い込んでいるからである(!)、という解釈もできるわけですね。

この結論がショッキングなのは、そういうヘンなこともありうるという程度問題ではなく、モデルの性質上、必ずそうなることにあります。

そもそも、なんでそういうヘンなことになるのかというと、上の式を次のように書き換えると見えてきます。

政府支出-税収=貨幣発行益(インフレ率)-国債

しょせん、金融政策は、上の式の右辺の第2項をコントロールできるにすぎません。

金融政策が国債費をコントロールする、というのはおかしく聞こえるかもしれませんが、おかしくはありません。発行済み国債のうち、中央銀行保有している分については、事実上、政府の金利負担はありません。もちろん、政府は中央銀行にも利子を払いますが、それは最終的に国庫に納入されるからです。これが、財政赤字のいわゆる貨幣化(マネタイゼーション)ということです。

左辺は、プライマリー赤字といわれるものです。これは中央銀行の管轄外です。中央銀行が売りオペをして国債費を増やした時に、同時に政府がその分、政府支出を減らすか増税するかして左辺を減らしてくれれば、貨幣発行益が増えることはなく、インフレは起こりません。しかし、政府がそんなことしてくれる保証はありません。金融政策の効果は財政政策に依存するのです。

この結論は、生産資本を入れて一般化したモデルでも確認されている(らしい。読んでないから)。

http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/30146/3/CJE35-2.pdf

さて、このヘンテコな理論を受け入れたとして、現実の経済で、このようなヘンなことが実際に起こっているのでしょうか。

いろいろな意見があるようですが、アメリカについては、この効果はあるとしても小さいと言われているようです。例えば、

http://www.richmondfed.org/publications/research/economic_quarterly/1996/fall/dotsey.cfm

いずれにしても、インフレ/デフレというのは、中央銀行が単独で決められることではなく、財政政策がどう動くかに依存する、ということです。

もう一つの教訓として、学部レベルのマクロ経済学の教科書に書いてある、単純でわかりやすい金融政策をやると、意図せざる結果を招いてしまう可能性がある、ということですね。