高齢者はなぜツアー登山に参加するのか

私は、テレビに出演してしたり顔でツアー会社を批判している山岳会の人を見ると、いささか不愉快なものを感じるのですよ。「お前がガイドを務めていたら、当日、出発を止めることができたのかよ?」とツッコミを入れたくなる。

山岳会がツアー会社を批判するのは、一種の構造問題なのです。というのも、山岳会にとってツアー会社は、ライバルであると同時に仕事をくれる存在であって、アンビバレントな感情を抱かざるを得ないのだろうと、推測します。

昔は、団体登山というと山岳会しかなく、修行のために頭を下げて厳しい上下関係を受け入れるしかなかったようです。

推測するに、登山経験のない中高年がいきなり山岳会に入ろうものなら、2ちゃんのスレタイではないが「高卒のオレにアゴで使われる大学院卒」みたいな状況になるのですよ。

ところが今は、市場経済が発達して、お金を払ってツアーに参加すれば、こういう元登山エリートを「アゴで使える」のです。

槍ヶ岳北岳を歩いていると、ゾロゾロ20人ぐらいつながっているお婆さんの行列の前後を歩く屈強の男性をよく見かけます。彼らは、ツアー会社に雇われた山岳会などの登山エリートでしょう。学生の頃から登山していて、今の本業は知らないけれど、少なくとも副業として雇われて小銭をもらっていると思われます。

ヤフー知恵袋」を見ると、しばしば、山ブームなのに山岳会に入る人が少なくなっていることが話題になっています。そんなところ入らなくても、ツアーに参加すれば、「観光庁が設定した基準をクリアしたプロフェッショナルな登山サービス」が受けられるならば、そうなるでしょう。

山で出会う登山エリートの人が言うには、昔は、山に高齢者なんていなかったそうです。

それがツアー登山の発達のおかげで、高齢者があふれるようになった。

マスコミが、「観光地でもない僻地にどうして高齢者が?」みたいなことを言うのは、高齢者の登山経験の実態を知らないからです。

ある程度の高山に来る年寄りというのは、初心者ということはまずなく、ほとんどが相当の登山経験をしています。そういう人が、日本の山だけでは飽き足らず、海外に出かけるのです。

私が、北アルプスあたりの山小屋で出会うお婆さんに、山の知識で勝つことはまずないです。若者にはいくらでも勝てますが。もちろん、体力は若者の方が全然あるのです。

おばあさんたちは、細かいルートの薀蓄を披露してくれるので、大いに勉強になる。そういう話に触発されて、実際にそこに行ってみたりもする。スイスやイタリアの話が出てくることもある。おそらく、日本の高齢者の中でもかなり豊かな階層が、山に登っていると思う。

すでに山の経験も相当あるから、その分、天候に関してもそれぞれの判断というのをしているはずです。マスコミが流す「高齢の初心者を引き連れる登山ガイド」というイメージは、ちょっと実態とは違うのですよ。

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http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/saitama/news/20121106-OYT8T01748.htm

<中国河北省の万里の長城付近で5人が遭難した事故。死亡した日本人3人のうちの1人で、熊谷市肥塚の渡辺邦子さん(68)の知人らは、突然の悲報に「信じられない」などと声を落とした。

 渡辺さんが所属していたという熊谷市のハイキングサークルで代表を務める大沢洋平さん(70)は、渡辺さんについて「明るい人で、ハイキングに行くバスの中では笑い声がよく響いた。いつも丁寧で礼儀正しかった」と振り返った。

 大沢さんによると、渡辺さんは2006年6月にサークルに加入。活動にはほぼ毎回参加していたという。帰国後間もない9日の登山にも申し込んでいたといい、「これまでにサークルの活動で約70回以上ハイキングがあったが、50回は参加している。積極的に参加してくれて、本当に山が好きな人だった」と残念そうに語った。

 このハイキングサークルに所属し、渡辺さんと特に仲が良かったという熊谷市の女性(65)は、「友達を紹介してくれたり、登山について手取り足取り教えてくれたりと、優しくて、ありがたかった。寒かっただろうに、本当にかわいそう」と声を震わせた。

 女性によると、よく海外旅行をする渡辺さんは、いつも決まったツアー会社を使っていたといい、女性は「今回は初めてのツアー会社で、(同居の)お姉さんも心配していた。年もとってきて、今回どうしても万里の長城に行きたかったのだろう」と声を沈ませた。

(2012年11月7日 読売新聞)>